シンガポールが入札に勝った経緯

従来は、アジア、欧州、北米の間で3年ごとの交代制で主催役を務めていました。開催地は2011年に北海道、2014年にモントリオール。次の主催国は欧州のはずでした。シンガポールは、2017年の次回会議の開催地入札を首尾良く獲得。IUMS入札を引き受けるに当たって、足固めが特に重要だったとリー教授は述べています。入札の意向を告げる前、リー教授陣営が着手したのは、IUMS会議とその理事会、理念について知識を得ることでした。「基本的には、足固めをするためです」と、TTGassociationsとのインタビューでリー教授は振り返ります。リー教授は、内部情報を入手するつもりで理事会に入るべく尽力しました。シンガポールに有利に働いたもう一つの展開が、リー教授がIUMSのプレジデントに選出されたことでした。

「以前は若い科学者への支援などほとんどありませんでした。ところが、我々の努力が委員会の心を打ったのです」と語るリー教授。
シンガポールがライバルより傑出した理由

多文化アイデンティティをもつ小国シンガポールを唯一無二の存在として位置付けるために、主催者には大変な苦労がありました。シンガポールは、東南アジアの中心にあって長い歴史をもつ若い国であり、近代的な国際都市でもあります。入札獲得に協力するため、リー教授は、サポート資料を提供したシンガポール政府観光局など、さまざまな政府機関の援助を受けました。また、シンガポールは、STBの支援を受けて、若いアジア人科学者20名を助成して会議に参加させることを提案しました。リー教授率いるチームは、多数の科学論文がアジア(多くは中国や韓国)からであることを受けて、アジアが研究やテクノロジーに格好の地になりつつあると判断。したがって、アジアで会議を開催するのは理にかなっていたのです。アジア地域で会議を開催することによって、欧州での会議に参加する資金のない若い科学者が気楽にシンガポールに来られます。